早稲田大学37号館 早稲田アリーナ

はじめに

早稲田大学37号館 早稲田アリーナは、基本計画・基本設計を山下設計、実施設計を山下設計・清水建設設計共同企業体で実施し、ランドスケープについては、基本計画段階からプレイスメディアと協働させて頂きました。また、竣工後の性能検証については、早稲田大学建築学科田辺新一研究室に依頼し、現在も性能検証を行っています。

組織設計事務所に所属する設計者にとって、建築と設備の融合は基本的かつ重要な課題の一つであり、日頃から建築と設備、さらにはランドスケープ等、様々な分野の技術を統合することで新しい価値をつくり出すことを考え、プロジェクトのつくるべき価値に応じてチームを編成し、取り組んでいます。(広報室)

大学の未来へのビジョンを表出する

早稲田大学37号館 早稲田アリーナは、多機能型スポーツアリーナを中心にラーニングコモンズ等を内包する複合施設となっていますが、建築的な特徴を教えてください。(広報室:以下同)

最大の特徴は、建物の大半を地下に埋設し、その地表に新たなパブリックスペースを設けたことです。大学と地域を繋ぎ、新たな交流や活動を生み出すきっかけをつくると共に、人と生物のための多様性に富んだ環境を整備したり、ZEB Readyを達成する等、キャンパスだけなく、地域環境や地球環境の改善を目指しています。(設計チーム:以下同)

旧記念会堂建て替え前の戸山キャンパスの様子 ※写真提供:早稲田大学

建て替え後の戸山キャンパスの様子

またこのプロジェクトは、この建物の前身である、記念会堂の老朽化によってはじまりました。記念会堂は、体育館と大講堂の機能を併せ持った施設で、早稲田大学の卒業式や入学式の会場に用いられていましたので、大学関係者にとっては、大隈講堂に次ぐシンボル性を持った建物であり、今回、私達が最も悩んだのはシンボル性の継承ということです。

現代におけるシンボル性をどのように捉えたのですか?

今、世界では、SDGsに代表されるように、「持続可能な開発目標」の設定と、それに対する方策が求められています。これと似たような状況が大学を取り巻く環境にもあり、地域の持続性を高めるための、地域・社会との連携強化や、優れた研究成果や人材を輩出するための知的生産性向上、さらには環境負荷削減、昨年からはコロナウィルス対策等、課題は様々な分野に及んでいます。
そこで、ここではシンボル性を、大学やキャンパス、さらには地域・社会が抱える様々な課題を一気に解決するような新たな建築モデルを模索することで、早稲田大学の未来へのビジョンを表出することになるのではないか、そして、そのビジョンを体現するような環境や風景を生み出し、それらを体験できる場をつくることが次世代のシンボルに相応しいのではないか、と考えました。

SDGsのような多岐にわたる目標設定がある中で、デザインの手始めはどのようなものだったのですか?

まず私達は様々な視点で大学を取り巻く環境を観察してみました。するとこの土地は元々、ここに川が流れていて、それが埋め立てられた場所であること。歴史的な面では、敷地の周囲に尾張藩の下屋敷「戸山山荘」としても用いられた戸山公園や、穴八幡宮、さらには放生寺といった歴史の痕跡が今も残っていること。
生態系の面では、この敷地が神田川流域と都心を繋ぐエコロジカルネットワークの中継点として大きな意味を持っていること等がわかってきました。

計画地周辺の様子.戸山公園(写真中央右)や穴八幡宮に囲まれている.

断面構成イメージ.

そこで建物の大半を地下に埋設することで、以前よりも大きなアリーナを地下に確保し、教育研究環境の拡充を図りながら、その地表部分に生物多様性を受容する、平均土厚約1mを確保しました。「第二の大地」とも言える新たな交流・活動環境 =「戸山の丘」を整備しました。

建物内部は、地下2階と地下1階に、最大収容人員6,000名のメインアリーナを配置しました。地下でありながらも自然光の感じられる設計としています。

地上に現れた「戸山の丘」と名付けられた広場は、地域の保育園の子供たちも集まる、とても魅力的なパブリックスペースになっていますね。

「戸山の丘」を見る.

「戸山の丘」は、武蔵野の雑木林をモチーフとした生物多様性に富んだ環境となっています。生活に寄り添った緑の環境をつくることで、新たな交流や活動を喚起したいと考えました。
そして、その奥に交流テラスやラーニングコモンズ等の教育研究環境を整備しています。

ラーニングコモンズの様子.

どこからでも緑や自然光を感じることができるバイオフィリックデザインを実践することで、キャンパス全体の知的生産性向上にも貢献したいと考えました。

ゼロエネルギーアリーナの実現

冒頭にありました地球環境への配慮について教えてください。

このような建築の大部分を地下に埋める作り方はエネルギー面でも大きなメリットをもたらしました。メインアリーナを地下に配置することで、ゼロエネルギーアリーナとZEB Readyの2つの環境目標を達成しています。基本的には、「機械設備に頼らなくても快適な環境を維持する建築計画と設備計画の融合」を目指しました。

地中熱温度は、現場の実測値で年間を通じて18℃と非常に安定しています。

一般にアリーナ建築は低層大平面になりますので、屋根や外壁から大きな熱影響を受けますが、ここでは建物を地中に埋めたことや、その上に大きな植栽基盤を配置したことで、アリーナ全体が土に包まれています。そのため、何もしなくても、屋根、壁、そして床裏の6面から安定的な熱を得ることができます。

また、外壁を断熱せずに、アリーナの躯体全体を大きな蓄熱体とし、床ピット内に蓄熱水槽を設けるなど、地中熱を利用した蓄熱、空調、換気システムを構築して省エネルギー化を図っています。これと同時に、地上と地下の環境を上手に繋ぎ、地下でも自然エネルギーを有効に使いたいと考えました。

省エネルギー概念図.

メインアリーナの様子.自然光が感じられる.

こちらは自然光だけで撮影したメインアリーナの様子です。地下ですがこれだけの明るさが確保できます。このような計画はBCPの面でも有効だと言えます。

さらに、外皮負荷の少ないこの建物では、換気に伴う外気導入時の熱が空調負荷に大きく影響します。そこで、設計初期段階では、この建物の使い方調査を行い、使い方を踏まえた設計基準や運用基準を立案しました。


例えば公共のアリーナと比較して、大学アリーナはどのような特徴があるのでしょうか?

この施設の使われ方をみると、年間300日ぐらいが体育の授業や部活動で使われています。この場合、利用人数とアリーナの気積を比較してみると、日中、換気をしなくてもCO2濃度は規定値以上になりません。日中に換気をしなくても良いということは、外気の負荷が発生しないことを意味します。

ZEBの達成では空調容量を絞ることもポイントになるため、設計段階で大学と密に協議を行うことで計画特性や運用特性を踏まえた計画とし、換気方法や空調容量の最適化を図っています。

この結果、建物全体としては削減率61%のZEB Readyを達成しています。

省エネ化を図る上で、運営側と設計側との密なコミュニケーションが重要というわけですね。

そして、もう一つ大切なことが、竣工後の性能検証です。
二年検査を実施した際に最適運転のためのレポートを提出していますが、アフターフォローも施設の持続性を高める重要な要素だと感じています。

竣工後のアリーナ運用状況の把握.

「戸山の丘」の芝生マウンドで憩う学生たち.

2020年10月、政府は2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を掲げられました。建築の分野において、ハードだけに頼った省エネには限界があり、これまでの常識にとらわれない、思い切ったチャレンジが必要なのだと思います。建物自体を地下に埋めてしまうといった大胆な発想や、植物と建築との融合、密な対話に基づいたハードとソフトのすり合わせ等、早稲田アリーナのプロジェクトはその可能性の一端を示しているかもしれません。

設計チーム:
水越英一郎、篠﨑亮平、濵田貴広、鈴木光雄、曽根拓也、羽田司、松本泰彦、市川卓也、大山有紀子、植村潤子