ナセBA(市立米沢図書館+米沢市民ギャラリー)

市民が集う「心地良さ」を生み出す 市立米沢図書館

山下設計創業者ゆかりの地・米沢で

山形県米沢市は江戸時代、上杉氏の城下町として栄えた街である。初代藩主は上杉景勝で、「なせば成る、なさねば成らぬ、何事も」で有名な9代目藩主の上杉鷹山をはじめ、一貫して教育に力を入れてきたお国柄だ。こうした土地柄から、多様な能力を持つ人材を輩出しており、明治神宮や築地本願寺を設計した建築家の伊東忠太もその一人。米沢市にある1923年竣工の上杉神社は彼の代表作である。そしてまた、山下設計の創業者である山下壽郎も米沢の出身だ。その「クライアントへの誠実」という基本理念は、今も山下設計の設計者一人ひとりの中にDNAとして引き継がれている。
プリンシパルアーキテクトの安田は、設計にあたってまず、できるだけ多くの米沢の方々の話を聞くことにした。街が培ってきた歴史や気候・風土、住んでいる人たちの特性を把握することから、この仕事を始めようと決めたのだ。そこで安田が感じ取ったのは、米沢人の「教育と節約、そして上杉氏に対する強い想い」だった。安田は常日頃から、建築においては地域の人や風土・歴史と建物がどのように呼応するかが重要だと考えている。それがその建築のデザインの新しさにもつながるという。
「長い冬に閉じこもるのではなくて、明るくて暖かくてみんながいつも集まれる広場のような場所で、新しい時代を拓いていける、そんな施設ができればいいなと考えて、設計しました」(安田)。

地元産の杉パネルで覆われた外観、そこから生まれる心地よい空間

米沢市の中心地に計画された市立図書館には市街地の活性化の担い手となる役割が期待されていた。気候風土でいえば米沢は特別豪雪地域。冬には-10度以下になる日も珍しくはない。設備の面では、いかに使用するエネルギーを少なくしながら快適な空間を創り出すかが大きな課題だった。
「厚さ10cmの地元の杉材を外断熱に利用し、コンクリート躯体を蓄熱体とした蓄熱型温熱環境としました。2階の13.2mの吹き抜けの高さがある開架閲覧室は床からの吹き出しによる空調にしてエネルギー消費を抑えつつ、快適な空間を作り出すことを心がけました」(機械設備設計部副部長 松村)。
-15度を記録することもある米沢市の冬。夜、空調を消したあと、朝になって再度暖める時に大きなエネルギーが必要となる。だが蓄熱構造のおかげで、正月に3日間空調を消しても室内温度が1度しか下がらなかったというほどの保温効果をあげている。室内は温まったコンクリートからの輻射熱によってやさしい暖かさに包まれている。また、自然光を豊富に採り入れる設計により、照明にかかるエネルギーを節約する工夫もなされている。おかげで、大空間にも関わらず、常に暖かで心地良い空間が生まれた。そこには、米沢らしい「節約の精神」も活かされているかもしれない。

巨大な空間を壁柱で支える、「特殊構造」に挑む

プロジェクト当初、構造設計を担当した丸谷の前には、大きな壁が立ちはだかっていた。意匠設計の薄い部材を使った壁状の構造で構成したいという要望と、2mの積雪に耐える構造を考慮して設計しなければならないという大きなテーマの板挟みになっていたのだ。最初は、「無理だ」と一度断った。完成までの道筋がどうしても自分の中に見えてこなかったからだ。しかし「構造的にはここに壁柱が必要だ」「意匠的にはそこには壁柱は入れたくない」「それではここに壁柱を」など、何度もプロジェクトチームで協議を重ねていくうちに、同心円状に壁柱を並べ中央部には鉄骨を組み込んだ壁柱を設けるという構造ができあがった。「やりたいことを実現するには、何をすればよいのかということを考え、それぞれが知恵を絞ることで最適な形にすることができました」と丸谷は振り返る。
個人が自分の能力をフルに発揮しないとチームを組んでも上手くはいかない。個人がフルに自分の能力を発揮し合えば当然ぶつかり合うこともある。そしてそこから解決の道筋が見えてくることもあるのだ。
人間関係がフラットで、真剣に考えた上での発言ならば、どの立場の人間でも、互いに真剣に意見を受けとめるという土壌が山下設計には根付いている。

竣工後の建物を見守り続ける市民とともに

「流行の設計をそのまま持ってくるというのではなく、現地から泥臭く一つひとつ拾い集めたものをもとに考え、そこから設計を立ち上げていくのが山下設計のやり方だと思います」と語るのは第2設計部主管の赤澤である。
図書館の竣工後、丸谷のもとには監理を担当した米沢市の担当者の方から「何度も心が折れそうになりましたが、完成させることができました。開館した次の日に子供と一緒に行って子供が走り回っているのを見ていたら、涙がこぼれそうになりました」という連絡があったという。それほど市の担当者にとっても、地元のゼネコン社員もそれぞれが苦労し、思い入れが強い案件だった。そして米沢の市民の方々は、世代を超えて、この図書館と何十年も見守り続けていくことになる。クライアントの見えざるニーズをつかむことを諦めず、丁寧に作り上げていくという山下設計の設計理念は、これからも変わることはない。


常務執行役員 デザインラボ室長 プリンシパルアーキテクト 安田俊也


第2設計部 主管 赤澤大介


監理部 副部長 丸谷周平


機械設備設計部 副部長 松村佳明

※役職は2018年7月現在